ここからは、昔話になります。
…遥か古には、不思議な力を持つ巫女がおりました。小さな農村には、多くの心に信仰が存在していたそんな時代でした。巫女は、山の中腹に社を建て、そこに来る多くの村人達の病や怪我の治癒を行っておりました。巫女は、看取る人の邪気を吸い、己のパワーと交換をし、彼らの命を繋ぐ役目を背負っていたのでした。
巫女が外へ出ることはなく、静かに時の流れる社に鎮座しているのでした。
とある日、何かに導かれたように巫女は山を下りました。そこで村人達の生活を目にした巫女は驚きました。村人達の活気溢れる表情、汗、懸命に生きる姿に巫女は感動したのでした。この者たちの行く末を守っていこうと改めて決心したのでした。
しばし歩くと、一人の青年が両親と共に田植えをしておりました。
一目見て巫女は、彼に惹かれるようになりました。
自分の生まれし役目を知っていた巫女は、それ以来山を下りることはありませんでした。
とある日、巫女が気が付くと社の前に一輪の水仙の花が置いてありました。
それは、とても綺麗な黄色い水仙の花でした。
手に取り巫女は喜びました。水仙の花は巫女に寄り添うように風になびき揺れるのでした。
それからというもの、水仙の花の季節になると毎日一輪の水仙の花が置いていかれるのでした。
流行り病や怪我を負った村人たちを治癒していた巫女は、日々衰えていく自身と闘う日が続いていたのでした。そんな巫女への唯一の癒しは、その水仙の花でありました。
…雨の降ったとある日、水仙の花は届きませんでした。
巫女は、傍らにある少し枯れた水仙を見つめながら悲しみました。
そんな時、大勢の足音と共に一人の青年が大けがを負い抱えられて社へやってきました。
彼の怪我は大そう酷く、傷は深く見るにも耐えない姿でありました。
それは、いつの日か惹かれた青年であったのでした。
巫女は祈り続けました。命を捨てても構わないと…それでも祈り続けました。
例えそれが自身の体力の限界であろうとも。祈りをやめることはありませんでした。
農村に一面の水仙の花が咲き、山風がすっと吹き抜けてゆきます。
巫女の亡骸は、村を見渡せる山の頂上へと埋葬されたのでした…
墓へ近づく足音がします。
そして、一人の青年がそっと一輪の水仙の花を置いたのでした。
青年の立ち去る姿を遠めに見ながら…初めて微笑み、涙したのでありました。
その青年には、治りかけの大きな傷が深く刻まれていたのでした。
…水仙の花ことば「報われぬ恋」…
#昔話#巫女#青年#社#農村
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