離婚という概念

離婚は、結婚を決意し契約を交わす事よりも倍以上の労力を要すると言われます。

離婚をした経験があることで、自分に勝手なレッテルを貼ってしまい負い目や罪悪感、劣等感を感じる方は少なくありません。

神界の神々達の概念に、そもそも「結婚」「離婚」の概念は全くありません。

結婚をするから良い、離婚をしたからダメだ…そういう概念が全くないのです。

神々が問いただす答えは一つです。結婚をして何を得て何を失い何を学ぶのか。そして離婚をすることでどんな悩みを味わい、経験を経て自己成長を促すのか。これに尽きます。

縁あって一緒になる方が居た、それによって何をその人は経験する予定になっていたのか…改めて認識する必要があります。

その時、そのタイミングで必要な相手であっただけのこと。劣等感や嫌な気分を持ち続ける必要は全くなく、むしろ自分がそのことで何を学び何を得たのかを知る必要があります。

離婚という言葉やバツイチ、バツという言葉自体私は好きではありません。

縁あって…とくくる方がよっぽど美しい末尾になりますよね。

子供を授かるため、産むために必要だっただけのこと。過去を見直し、未来を築く為の生きる甲斐を学ぶための修業だっただけのこと。…ただただそれだけです。

個々の幸せを自分の天秤にかけてしまうことは、愚かな行為だと神は言います。

個々の幸せを自分の視野のみで理解し、誤解をしたまま受け入れることもまた哀れな事です。

幸せとは、離婚という概念がある時点で必然的に点数化されてしまっているようですね。

縁あって巡り合った方を大切に想い、そこで得る経験や知識は財産になります。

現在(いま)を生きる自分が、周りからどう思われているのか。

そんなことを気にしているのは「人間」だけです。

概念は恐ろしい勘違いや誤解を招きます。

固定概念を排除しながら生き進み続けなければいけません。

何度縁あって結婚しようが、何度縁あって離婚しようが…

あなたがどう生きたのか。そこに尽きます。

最期の時を迎える時、人はその概念から離脱し、魂の浄化をしなくてはいけません。

その苦しさとは今を生きる苦しさよりもつらい事なのです。

ただ、現世においてその苦しさに悟りを生み出し離脱した方の最期は幸多きものになるのです。




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