神界境地~栄枯~①

最終更新: 2018年5月29日

神界には、大きな大きな龍が4体おります。

白龍、青龍、黒龍、赤流(緑龍の場合も多い)です。その4体の配下としてそれぞれ8体ずつの第二階級の龍神達もおります。

神界というこの結界張りつめた世界に立ち入る事の出来るものは、大よそこのくらいの数でありましょうか。…その8体の龍達にも、これまた数十体単位で配下となる龍が存在しています。そしてさらに、その配下の龍にもこれまた何百、何千と龍がお仕えしているのであります。

神界は、皆様が感じる概念が全く存在していません。…例えば、「こうであるべきだ」「こうでなくてはならない」「これが常識」そういった概念は存在しておりません。

人が想う幸せの考えを、意外と知らないのかもしれません。こんなにも身近で、こんなにも側にいながら私たちが神界の事を全く知らないのと同じく、彼らも私たち人間の概念について何一つ知らないのかもしれません。

ただ、一つ共通してお互いに言い合えていることは「誰かが悲しむ心が生まれるのであれば、それは神としてでも人としてでも違う」ということでしょうか。


今日は、神に仕えし龍神のお話しでございます。

…山が連なる奥地に一つの樹齢1000年を超える、それは大きなご神木がございました。

そのご神木の側には、青い色の沼池が存在しておりました。

その沼池には、同じく1000歳を超える龍神大明神が鎮座していたのでありました。


名のある武将より名を受け、ここの地に鎮座した龍神でありましたが年齢を重ねる度龍神は心の中で想うのでありました。

「遥か昔に飛びし、あの彼方へ我もまた飛び立ちたいと想う」と。

しかし、龍神の見てきたこの世界はとても大きく様変わりをしたそうです。人も減り、手を合わせる心さえも失われ、いつしか誰もここへは参らなくなったと…。


お逢いした時、龍神は見るも無残なお姿でございました。泥にまみれ、ゴミを身にまとい、上手に動くことさえも、空を光のごとく飛び立つことさえも容易ではないお姿でございました。


長い年月を掛け、人間の失われた心と向き合い続けてきた龍神にとって「忘れられる」という仕打ちがここまで苦しいものだとは、当時でさえも想像すら出来なかったのでしょう。


なぜなら、昔は、全ての者に信仰心が自然と芽生え、そして育まれ、命あるものを大切に扱う風習や習慣が既に身についていたからです。


龍神は想うのでありました…世界の移り変わりを目にし

「我は人に何を求めているのだうろか…」と。そして「人は我に何を求めているのだろうか」と…。





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