青年は毎朝、巫女神に手を合わせ今日一日の無事を祈り日の出まで社の周りの掃除や神木達の世話に努めておりました。
とある日、青年は空を眺めこう言いました。「…雲は良いよな…」巫女神は、そんなに雲とは良いモノなのか…ふと気になり、すだれを持ち上げ空を見上げました。風に流される穏やかな雲は巫女神の心を不思議と安らかにしたのでありました。またある時青年は、「…風は良いよな…」そうつぶやきました。巫女神は、そんなに風は良いモノなのか…そう思い、すだれから手を外へ差し出しました。ほのかに優しい風が巫女神の手へなびきました。巫女神は思いました。風が肌へ触れる度、人は生きていると感じる事が出来るのだろうと。青年は木についた蜜めがけて来た虫を見てこう言いました。「…虫は良いよな…」巫女神は、そんなに虫は良いモノなのかと思い社の中に入り込んだ虫を手の平に乗せました。虫は、手の平に乗った瞬間息途絶えたそうです。その時、巫女神はふと気づいたのでありました。「命を授けることも命を削り奪い去る事も私には容易なのだ。限りのある命を背負う人間達の見ているこの世界は、うそうそどんな世界なのか…」と。巫女神は、白狐に問いました。
「私は人間達に平安と気づきを与えてきたつもりだった。ただ、それが人の願う全てだと思ったからだ。この世は、どんなにか美しいものなのだろうか。私は人間の目を借り、断片的にしかその情景を見ることが出来ない。そして人間らしく感じ、楽しむ事が出来ない。」白狐は言いました。「この世は、無常であります。あなた様が下界を下りることを父神様は決してお許しにはなりません。どうか、人間の邪気、穢れ、罪を背負いませぬように…」
巫女神は、父神である神へ「人間として私は生まれて生きてみたいのです」と言ったそうです。遥か天上界では、大騒ぎになったそうです。「神が人間へ転生するなどと、掟を破り、ましてや穢れと災いで満ちたあの世界へ行くなど言葉のあやだけでは済まぬ話じゃ。」
しかし、巫女神の意志は固く揺るぎないものでありました。例えどんなに穢れや罪にこの身が染まりようとも、人間の見る本当の生きる景色を私はこの目で感じ、見たいと願ったのでありました。
巫女神の旅立つ瞬間…長らく仕えていた天狗達は一斉に風を巻き起こし、これから始まる旅に幸多かれと雄飛の舞を披露したそうです。
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