女はそれから毎日のように山へ通い、天狗へ向かって話しかけました。
「天狗様、私は助けて頂いた女でございます。身勝手な願いとは分かっております。
しかし、どうしても天狗様へ恩返しがしたいのでございます。どうか、私にお顔を見せてはくださいませぬか。」
どこに居るのか居ないのかさえも分からない中、女は毎日天狗へ向かって話しかけたそうです。
寒さの厳しい冬がやってまりました。女の天狗への願いは既に100日を越えていたようです。身に染みる寒さの中、女はかじかんだ手を吐息で温めながら天狗からの返事を待ち続けました。
…すると、木々の間から零れ落ちるようにまた一片の羽根が舞い落ちしてきたのであります。そして、地響きのような低い凛々しい声でこう女へ告げました。
「幾度となく呼び続け、お前にはほとほと呆れてしもうた。よいか、天狗は人間とは住む世界が違うのだ。諦めの悪い女に見せる程、我はそう暇ではないのだ。」
女は驚き天を見上げ、こう繰り返しました。
「…!!天狗様!聞いて下さっていたのですね。何と嬉しい事でしょう。例えこれが人間と妖たち、そして神々の秩序をも破るものであったとしても私は決して諦めません。」
天狗は、少し困った声でこう言ったそうです。
「ん…お前には敵わないな。一度、一度で良いのであればこの姿お前に見せよう。ただし、約束じゃ。この姿を決して他の誰かに言わぬこと。そして、見たとしてももうこれ以上ここへは来ないこと。それでもかまわんか。」
女は「はい、構いません」と一言静かな声で返したそうです。
その時、突き抜ける程の突風が山を吹き抜けました。
強い風で目が開かず、何も見えませんでした。しばらくして、目を開けるとそこには大きな大きな黒い羽根を背中に着けた天狗が立っていたそうです。
女は感動のあまり、涙が止まりませんでした。
しかし、天狗は後ろ向きのまま決して女の前へ向こうとはしませんでした。
「これでよいだろう。お前の願いは、100日目で叶ったのだ。今回の事は、神界にも内緒じゃ。」
女には、来る日も来る日も逢いたいと願う一心で積もった気持ちがいつしか淡い恋心になっていることを分かっていたのでありました。
天狗は、最後まで女へ素顔を見せることはしませんでした。
天狗の人相は、人並外れた鼻に眼光も鋭く見る者を硬直させてしまう程だそうです。…自分の姿を見せる恐れからなのか、それとも掟を破り人間へ姿を見せることに抵抗があったのかは未だに分からないそうです。
続く
#天狗#妻#女#100日#鼻#眼光#掟
ความคิดเห็น