先日須弥山(しゅみせん)へ訪れる機会がありましたので、本日は「荼枳尼天(たきにてん)」様についてお伝えします。
須弥山が存在する仏界に鎮座する荒神であります。女神で意味は「死・破壊」です。
意味だけを聞くと末恐ろしく感じるかもしれませんが、実際にお逢いすると凛としたとても穏やかな女神であります。
荼枳尼天様には、稲荷(白狐)が仕えております。これは、皮衣(かわごろも)とゆう元は大妖怪(狐の妖怪)でありましたが御心を荼枳尼天様へ捧げる心身より須弥山にて遣いとなりました。
稲荷の案内の元、荼枳尼天様とお逢いし「開運の吉兆をご覧致しましょう」と開かれた世界を見せて頂きました。数羽の鶴が大空を舞い、富士の山が五光を差し光り輝くそれは素晴らしい世界でありました。実際には、富士の山ではなく須弥山であったと後になって気づいた私でしたが…。
開運の吉兆というのは、「今後起こる吉兆」についての世界観を記したものとなります。
これは後ほどお伝えします。
ところで荼枳尼天様の良いところは、とても美しいだけではなく人間の女性に必要な「品位、質、節度、敬意」をも兼ね備えているということです。
元々位の高い神でもあり、庶民的な大衆向けの神ではありませんでしたので平安時代以降、その信仰は限られていきました。しかし、須弥山では美しく凛とした女神であることに違いはありませんでした。
死や破壊を示すだけではなく、農耕の神や良縁の神でもあります。もし、どこかで祀られている社があるのであればぜひ手を合わせて頂ければと思います。
荼枳尼天様には、もう一つ稲荷の他に「侍人(さぶらいびと)」が必ず数名付いてお守りしております。
その侍人に容赦はありませんので、参拝の際に失礼が無いように祈られると良いかと思います。
荼枳尼天様の見せる開運の吉兆は良いモノばかりではないことも示唆しております。
直に天災が降り注ぎます。その危険信号の前触れを予兆するものであったことも一理言えます。
日々、常日頃から神が与える「人間が生きるこの世界に対しての償い」を私たちは受け入れるしか他ないのでしょう。
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